入れ歯の独り言3

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「カチッ」と小気味よい音が口の中に響いた瞬間、まるで新品の甲冑に身を包んだ武士のような心地がした。

 

 

「よし、今日から新しい相棒だな」

 

 

鏡に映る自分に向かってニッと笑ってみせる。1ヶ月間のやわらかい食事生活を経て、よ

 

 

うやく完成した総入れ歯。これで大好きな食パンも、香ばしい煎餅も思いのまま……のはずだった。

 

 

 

 

最初の試練は、その日の昼食にやってきた。好物の赤飯を口に運んだ瞬間、入れ歯はフリーズする。

 

 

(……なんだこの、口の中に上身(うわみ)がもう一つあるような違和感は!)

 

噛もうとすると、歯ぐきにギクッと痛みが走り、右で噛めば左が浮く。

 

 

言葉を発そうとすれば「さしすせそ」の「しがひに」になり、みんなに何を言ってるのかわからないと笑われる。

 

 

「じいちゃん、焦らなくていいんだよ」 孫の言葉に、頑張る気になった

 

 

翌日から、凄絶なる(そしてどこかコミカルな)リハビリ生活が始まった。

 

 

 

 

  • 音読トレ(言語リハビリ): 毎朝の新聞音読。滑舌を鍛えるため、「サ行」と「タ行」を重点的に大声で朗読。「サシスセソ……ひゃひふへほ……うーむ、もう一回!」

  • 右左交互噛み(筋トレ): カマボコを細かく刻み、右で3回、左で3回。バランスを取る感覚は、まるで綱渡りの師範代。

  • 鏡前スマイル法(表情筋): ニコッと笑って歯茎の当たり具合を確認。時折、笑顔が硬すぎて妻に「指名手配犯みたい」と爆笑される。

痛んでは歯医者へ走り、微調整を繰り返すこと一ヶ月。

 

 

秋の小春日和、食卓には焼きたての食パンが出された。黄金色に輝く、分厚いカットだ。

 

 

ごくりと唾を飲み込み、食パンを一口分、奥歯に乗せた。

 

 

——ムニュ、!!。

 

 

 

 

「噛めた……! 噛めたぞ!!」まるでオリンピックの金メダリストのような笑顔だ。孫が

 

 

拍手を送り、妻が嬉しそうに目を細める。

 

 

新しい入れ歯は、もう「違和感のある外来物」ではない。情熱と努力によって、すっかり

 

 

身体の一部となったのだ。今夜の晩酌は、きっと人生で一番旨いものになるに違いない。

 

 

また明日から新しい相棒と歴史を築いていこうと思う。

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