アーカイブ: 8月 2026

入れ歯の独り言3

 

「カチッ」と小気味よい音が口の中に響いた瞬間、まるで新品の甲冑に身を包んだ武士のような心地がした。

 

 

「よし、今日から新しい相棒だな」

 

 

鏡に映る自分に向かってニッと笑ってみせる。1ヶ月間のやわらかい食事生活を経て、よ

 

 

うやく完成した総入れ歯。これで大好きな食パンも、香ばしい煎餅も思いのまま……のはずだった。

 

 

 

 

最初の試練は、その日の昼食にやってきた。好物の赤飯を口に運んだ瞬間、入れ歯はフリーズする。

 

 

(……なんだこの、口の中に上身(うわみ)がもう一つあるような違和感は!)

 

噛もうとすると、歯ぐきにギクッと痛みが走り、右で噛めば左が浮く。

 

 

言葉を発そうとすれば「さしすせそ」の「しがひに」になり、みんなに何を言ってるのかわからないと笑われる。

 

 

「じいちゃん、焦らなくていいんだよ」 孫の言葉に、頑張る気になった

 

 

翌日から、凄絶なる(そしてどこかコミカルな)リハビリ生活が始まった。

 

 

 

 

  • 音読トレ(言語リハビリ): 毎朝の新聞音読。滑舌を鍛えるため、「サ行」と「タ行」を重点的に大声で朗読。「サシスセソ……ひゃひふへほ……うーむ、もう一回!」

  • 右左交互噛み(筋トレ): カマボコを細かく刻み、右で3回、左で3回。バランスを取る感覚は、まるで綱渡りの師範代。

  • 鏡前スマイル法(表情筋): ニコッと笑って歯茎の当たり具合を確認。時折、笑顔が硬すぎて妻に「指名手配犯みたい」と爆笑される。

痛んでは歯医者へ走り、微調整を繰り返すこと一ヶ月。

 

 

秋の小春日和、食卓には焼きたての食パンが出された。黄金色に輝く、分厚いカットだ。

 

 

ごくりと唾を飲み込み、食パンを一口分、奥歯に乗せた。

 

 

——ムニュ、!!。

 

 

 

 

「噛めた……! 噛めたぞ!!」まるでオリンピックの金メダリストのような笑顔だ。孫が

 

 

拍手を送り、妻が嬉しそうに目を細める。

 

 

新しい入れ歯は、もう「違和感のある外来物」ではない。情熱と努力によって、すっかり

 

 

身体の一部となったのだ。今夜の晩酌は、きっと人生で一番旨いものになるに違いない。

 

 

また明日から新しい相棒と歴史を築いていこうと思う。

入れ歯の独り言2

あ〜ぁ、また痛ぇや……。

 

 

おじいちゃん(主人)、最近また少し痩せたからかな。ハグキがやせちゃって、カチッと噛み合う場所がずれちゃうんだよな。

 

今日の昼飯、食パンだっただろ。 「ムニュ」といった瞬間、右奥のハグキに思いっきり刺さっちゃってさ。おじいちゃん、思わず「痛っ!」て箸止めて、顔しかめてただろ。あれ、見ているこっちも胸がキュッとなるんだよ。

 

本当はさ、肉でも硬い煎餅でも何でもバリバリ噛ませてあげて、「うまい!」って笑顔にしてやりたいんだ。それがオレの仕事だし、存在理由なんだから。

なのに、噛むたびに痛い思いさせて、挙句の果てにはティッシュに包まれてテーブルの隅に置かれちゃう。 「はぁ……もう何も食べたくないな」なんてつぶやかれると、なんだか申し訳なくて、悲しくてさ。オレだって、5年も毎日毎日一緒暮らしてきたおじいちゃん別かれるのがつらいので

 

お願いだからおじいちゃん、我慢しないで歯医者さんに行ってくれよ。 先生にちょっとに相談して修理で治るのか新しいのにしたほうがいいのか聞いてまた元気な笑顔とりもどしてくれ。オレもかなりくたびれて歯もへってきてるので引退なるかもしれない

でもおじいちゃんが元気になるならそっち方が嬉しい。明日は必ず歯医者にいこうね。

 

入れ歯の独り言


「よしっ、今日も朝630分ジャストにコップの水から引き上げられたぞ
冷やっとするけど、この水分のシャワーがボクの目覚まし時計なんだ。

ご主人様、おはようございます。あ、ちょっと待って……あたたた、角度!っと急です! ……ふぅ、カチッとハマった。

 

 

よし、位置ヨシ、吸着ヨシ! 本日の義歯の 角度がちょっと、装着完了いたしました

さあ、朝ごはんですね。今日の相手は……お、食パンか! なかなかやり手の相手を用意しましたね、ご主人様。でも大丈夫、右の奥歯エリア(ボクの得意ポジションです)に任せてください。

 

グッと力を込めて……はい、ムニュ! なかなかの噛みごたえ、ご主人様の脳にもいい刺激がいってるはずですよ。

 

お昼のかつ丼もお安い御用です。ご主人様が『うまい!』って笑顔になると、ボクのピンク色の床(しょう)の部分まで誇らしくなってポカポカしてくるんですよね。

 

まあ、時々ゴマの粒が裏側に挟まって『アタタ……』ってなったり、熱いお茶の温度をダイレクトに伝えてあげられなかったりするのはご愛嬌ってことで。

 

夜になったらポリデントの泡のお風呂が待ってるし、今日も一日、ご主人様の『食べる・話す・笑う』を裏からガッチリ支えさせていただきますよ!

さあご主人様、今日も元気にいってらっしゃい!」